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世界のピアノメーカー

ベヒシュタイン
BECHSTEIN
 
創業:1853年ベルリン
 創業者:カール・フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベヒシュタイン
 (1826〜1900、ドイツ、テューリンゲン地方ゴーター→ベルリン)
 高い音楽性と名技性を持った、ピアノ制作者C.ベヒシュタインは、
 リスト、ドビッシーら巨匠達の信頼を得る。
 各国王室御用達の一大ブランドへと発展、折しも独政府が、国内産業保護政策を推進した時代でした。
 しかし第2次世界大戦で工場損壊、1945年再開するも連合軍の管理下に置かれる。
 1960〜70年代はアメリカのボールドウィン翼下に、
 1986年ドイツのピアノマイスター、カール・シュルツェが、経営権を買い取り本国に戻る。

ブリュートナー
BLUTHNER
 
創業:1853年ライプツィヒ
 創業者:ユリウス・フェルディナンド・ブリュートナー
 (1824〜1910、フォルケンハイン→ライプツィヒ)
 ユリウス・フェルディナンド・ブリュートナーは、
 整音に掛けては、当時彼にかなう者はいないと言われる程、鋭い感覚の持ち主だったと伝られる。
 壁が隔てた時代は、東のブリュートナー西のベヒシュタインとして双璧をなした。
 1972年事業が国営化されるが1990年一族の手に帰る。
 現在は、ユリウスの曾孫クリスチャンとクヌートの時代になっている。

べ−ゼンドルファー
BOSENDORFER
 
創業:1828年ウィーン
 創業者:イグナツ・ベーゼンドルファー
 (1794〜1859、ウィーン)
 イグナツが19歳から徒弟として、
 師事した名匠ヨーゼフ・プロッドマンの元で15年修行後、ウィーン市からピアノ製造の許可を得て独立。
 一頭地を抜くメーカーとして認められたのは、凄まじくパワフルな演奏で、
 一晩に1台のピアノではもたないと言われた、フランツ・リストの、演奏会に耐えた事でした。
 1966年アメリカのキンボール社の経営翼下となる。
 2002年オーストリアの銀行が株式取得決断、約35年振りにその資本が本国へ戻った。

ボストン
BOSTON
 
1985年スタインウェイオーナーのバーミンガム兄弟が、
 家庭普及用の新たなブランドとして立ち上げた。
 製造に関して1991年河合楽器製作所が、スタインウェイ・ミュージカル・プロバティーズ社への、
 ピアノOEM供給契約を締結、現在河合楽器製作所で、生産されている。
 基本設計は、スタインウェイ。
 アクションは、河合楽器製作所が新素材の開発研究を行なっている一方で、
 ボストンはスタインウェイ伝統の100%木材利用を貫いている。

プレイエル
PLEYEL
 
創業:1807年パリ
 創業者:イグナース・ジョセフ・プレイエル
 (1757〜1831、ウイーン→パリ)
 イグナースはハイドンに師事し多くの作品を成した優れた作曲家でした。
 長男カミュも優れたピアニストで、イギリスの進んだ技術を導入、
 工場も近代化し確固たる地位を築く。
 プレイエルの繊細さ無しには生まれなかったと言われるショパンと、カミュの関係は深い。
 1961年ガヴォー、エラールを吸収。
 1971年倒産。保険会社が、仏の3ブランドを買収し、独シンメルに製造委託。
 1972年自国のピアノメーカーを失った仏政府が援助し、
 プレイエル・ガボーの職人と図面を集め3ブランドをラモーの名で生産開始。
 1994年シンメルとの契約満了に伴い、ラモーグループが、正式に3ブランドを買い取る。
 1996年会社名をPLEYEL&Co.に、
 現在はフレンチ・ピアノ・マニファクチュア(ランス・ピアノ製造株式会社)とし、
 工場にはプレイエル工場という呼称が与えられている。

スタインウェイ
STEINWAY&SONS
 
創業:1836年ゼーゼン(ドイツ)、会社設立1853年ニューヨーク
 創業者:ハイリヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェーグ
 (1797〜1871、ドイツ中央部ブラウンシュヴァイク→ニューヨーク)
 木工とオルガン製作修行を経たハイリヒは、1836年自宅にてピアノ製造開始。
 1839年ブラウンシュヴァイク州の展示会で優勝。
 1848〜50年頃長男(C.F.セオドア)を残し一家は渡米。
 1853年STEINWAY&SONSの商標で会社を設立。
 1855年ニューヨークの楽器見本市でゴールド・メダルを受賞。
 1880年ハンブルグに支店と工場を建設
 ニューヨークとハンブルグは経営母体は同一。
 楽器の構造的な基本設計は同じだが、ケースのデザイン・塗装・材料の違い等に仕様の違いがある。
 最終的な音や響きの違いは、職人の伝統や、音に対する考え方の違いが、楽器の音となって出ている。
 供給先が、ニューヨーク産は北米及び中南米。ハンブルグ産は、それ以外の地域とされている。
 1972年5代目社長ヘンリー・Z.の時、CBSコロムビア・グループ(当時)に売却、
 一族経営は、終りを告げる。
 現在は、親会社スタインウェイ・ミュージカル・インストルメンツ社翼下にある。

アポロ
APOLLO
 
創業:1948年
 創業者:石川隆巳
 アポロは、東洋ピアノ製造株式会社のメインブランド。
 同社前身は、日本楽器、河合楽器で約10年修行した石川隆巳が、
 1934年創立した『三葉楽器製作所』。
 石川社長自ら設計・製作・指導をする。
 1948年『東洋ピアノ製造株式会社』設立。

カワイ
KAWAI
 
創業:1927年
 創業者:河合小市
 河合小市氏が、山葉風琴製造所入所したのは11歳。
 アクションを自力で造る方法を見い出し、1903年そのアクションを取り付けた国産ピアノを、誕生させる。
 1926年日本楽器退社。
 1927年小市と、氏を慕う7人の技術者で『河合楽器研究所』設立。
 1929年『河合楽器製作所』に改名、
 1951年『株式会社河合楽器製作所』に改組。

ディアパソン
DIAPASON
 
ブランド創設者:大橋幡岩(1896〜1980)
 ディアパソンを生み出した大橋幡岩は、日本のピアノ作りの名工として誉れ高い人物。
 1909年日本楽器に見習生として入社13歳。
 日本楽器がベヒシュタイン社より招聘した技師シュレーゲルの薫陶も受けている。
 1958年オオハシピアノ研究所を設立。
 1959年長男巌も合流し会社組織に改組、その後幡岩氏1980年逝去。
 1991年には巌氏が逝去。1995年『オオハシピアノ研究所』は、自主廃業する。
 一方「ディアパソン」は、1986年河合楽器製作所が、浜樂商事より営業権の譲渡を受け、
 株式会社「ディアパソン」を設立、現在も生産され続けている。

ヤマハ
YAMAHA
 
創業:1887年
 創業者:山葉寅楠(1851〜1916)
 発祥は、幕末紀州藩藩士「山葉寅楠」まで遡る。
 医療機器修理職人として浜松に逗留中、
 小学校のメイソン&ハムリン製リードオルガンの修理を依頼される。
 これをコピーし第一作を1887年に製作、同年山葉風琴製作所の看板を掲げる。
 1888年合資会社山葉風琴製造所を設立。
 1897年日本楽器製造株式会社となる。
 1899年寅楠は、アメリカ視察で部品類等を購入。
 1900年カメンモデルと呼ばれるアップライトピアノを誕生させる。
 ピアノ製造が、まだ輸入部品の組み立てだったこの時期に、
 響きの生命線である、響板やケースを手工により自社生産して組込んだ画期的な第一号ピアノ。
 1902年にはグランドピアノを製造開始。
 1987年『ヤマハ株式会社』に変更。

 (文中敬称略、上記記載メーカー順は、ABC..アイウエオ順です。)